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2011年10月27日 (木)

石井弘寿

25日のリーグ最終戦で広島の前田健太の快投であわやノーヒットノーランと言う試合、幸いわがヤクルト軍はサヨナラ勝ちしたが、その日、ひっそりと引退したのが石井弘寿投手であった。ファンでなければなじみのない選手で在籍期間中一度もヒーローとしてお立ち台にたったことすらないが、1996年入団後、2002年左腕で最速155キロを記録、69試合登板し大活躍、2005年までは順風の活躍だった。まだ勝利の方程式とか言う言葉がそれほど一般的ではなかった時代、リードした試合の8回に投げて、きっちり抑えて9回の高津臣吾や五十嵐亮太に引き継ぐのが仕事であった。メジャーも目指したが、叶わなかった。しかしヤクルトの黄金時代を陰で支えたすごいセットアッパーであった。2006年頃肩を痛め、数年間リハビリに専念し、結局は回復せずに引退となったのが寂しい。普通の企業で5年もケガで休んだら、体よくクビになるのが世の習いだが、球団は功労者の彼を復活を信じて最後まで見捨てなかった。エエ球団である。

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